雑)「霊」の考察:霊ってなんだろう?

世間一般でオカルトといえば(少なくとも日本では)ほとんどの方が霊とかそーゆーものを認識すると思うのですが。
じゃぁ実際に魔術でそういうものを扱っているかというと、少なくとも知りうる限りで「人霊」とかそういうものを扱ってる文献をまったく見たことがありません(いやまぁ私の未熟さ加減に寄るところも少なくないとは思うのですが)。
とはいえ、現実問題として「困っている人がいる」以上、それは魔術的考察が可能であると考えています。なぜかといえば、そこに「変化がおきている」以上、その変化を促す「意志」と「技術」があるはず、だからです。
というわけで、魔術的に解釈をしてみましょう。
結論をいきなり持ってくると面白みがないので、私なりの思考過程に沿って順序良く。

よく耳にする話を分析すると、若干の例外(浮遊霊とか)を除いて、大抵の場合は「モノ」や「土地」「人物」などに霊がへばりついていることが多いような印象を受けます。
ある特定の「モノ(thing)」に特定の(変化を促す- 魔術的な -)力が宿る、という点から相似点を考えると、タリスマンなどの護符がイメージされます。
護符の類は基本的に「儀式などによって特定の力をチャージしたもの」です。なんとなく似てるように私は感じました。
護符は、大抵の場合石や羊皮紙などに刻むことが多く、比較的に磁性と性質が似ていることがあります。
一方で霊の文献を読むと、やはり紙や石などは「霊が憑依しやすい」とあります。…似てます。
このあたりから、私は「霊とは、一定の力がチャージされたもの」を指すのでは? という仮定をある程度孕んだ状態で考察を重ね始めました。

では、霊というものはどうやって「護符でいう儀式に相当する、力のチャージ」が行われるのでしょうか?
これは比較的簡単に予想が付きます。いわゆる「強い想い」がそれに相当するのでしょう。未熟な儀式や無効な儀式でも、強い意志があれば変化を起こす(魔術)が可能である場合があります。その延長線で考えれば、さほど違和感のあるものではありません。

このあたりまでくると、霊のベースが見えてきます。つまり魔術的には「一定の意志がチャージされた護符と等価のもの」である、ということです。
ここから、いわゆる「霊障」と呼ばれるものを解決するには「チャージされた力を払う」必要があることが予測されます。どのように払うかについては「チャージされた力を分析して正反対の力をぶつける」という、一般的な払いの儀式が有効であると推測されます。
多分、一番問題になるのは「分析」の部分ですが、とりあえず魔術師たるもの、生命の樹を使った分析でその程度の汎用性は持っておきたいものです :-P

さて。この内容、わりととっぴな内容だと思ったのですが。…調べると、意外と多くの方が似たような発想をしてるんですよね。
なのでまぁ「つまんないなぁ」という身も蓋もない感想とともに(笑)、ある程度「この方向でしばらく考察を重ねてみよう」という方向性の確定もできたわけです。

別項で、もう少し細かく色々な霊について考察を重ねてみたいと思います。


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